「幼児体育」の肝
久保田 武蔵
子供は正直だ。
楽しければお腹を抱えて笑い、つまらなければ表情は勿論、言葉に出して自分が嫌なものを表現する。いくら社会的に力があったとしても、大人はお世辞というものを使える。子供を前にした場合、大人を前にしての作業の3倍疲れると言っても過言ではない。
私は(株)ベネッセコーポレーション「こどもちゃれんじ」の運動のお兄さん(むさし、ジャングル・グルル)として活動させていただいたことをきっかけに、3万人を超える子供達と接してきた。しかし、これだけの子供達と直接関わってきても、まだまだ子供のことは分からない。不思議そのものである。それが逆に私の心に火をつけ、本格的に「幼児体育」に携わりたいという気持ちにさせてくれた。
私は日本一運動のできない運動のお兄さんだ。体育学校も出ていない。教育学校も出ていない。本格的にやってきた運動は格闘技だけ。そんな私がなぜ幼稚園や保育園、スポーツクラブなどでレギュラーの「体操教室」を開講する運びになったかというと、自らのエンターテイナーとしての能力を知りたかったからだった。運動のお兄さんたる者、テレビの前のみではなく直接子供達の前で通用しなければ失格だと考えての、「修行」のうちのひとつであった。また、そこでおもしろいネタを拾い、カメラの前でそのネタを活かしていこうという意図もあった。当時、「幼児教育」に携わろうという気持ちは全くと言っていいほど持っていなかった。当時と現在。考えれば考えるほど、不思議なものである。
私は、とにかく楽しく「体操教室」を行うこと、そして子供がまた体操をやりたいと興味を持ってくれるクラスの展開をしていくことが大切だと考えている。そのためには、まずは双方が親しくならなければならない。親しくなるために大切なことは何か。とにかくバカになることだ。そして、おもいっきり笑い合うことだ。先生が楽しんでいるのを見ることで、子供達は安心する。先生や体操に対する警戒心が薄れていくのだ。専門的な知識は、1人で学べば学ぶだけ身に付く。しかし、いくら理屈が分かっていても、それを幼児の前で実践できるかどうかが大切な部分だ。クラスが潤滑に進まなければ、「学級崩壊」状態に陥ってしまう。そうなってしまえば、子供達は絶対に先生に付いてこない。もし子供が先生に好意的な感情を持っていれば、子供は先生に自分の頑張りを見せようと最大限の努力をする。子供のモチベーションは上がり、自ら努力することによってデータ的にも能力の向上が見られるのである。
重要なのは、プログラムそのものよりも、教室を実践していく先生の心構えと子供達に対する接し方なのだ。本日述べたことは、直接子供達と関わってみてようやく分かってきたほんの1部分だ。これからも、この謎にはずっと苦しめられていくことだろう。そして、予想外の出来事に楽しませてもらうことだろう。これからも小さな「先生」達に感謝しながら活動していきたい。