東京ドームでの「むさしエンタメ体操」
久保田 武蔵
東京ドーム。
野球、格闘技、プロレス、アメフト、スノーボード…。その他展示会など各種イベントで使用される、日本で1番有名な会場である。
初めて私が東京ドームに行ったのは、幼稚園児の時。父に野球を見に連れて行ってもらったのだ。観客の多さ、体験したことのない熱気、そしてまだできあがって間もないドームの天井の綺麗さや天井の高さに驚いたものだった。
また、大好きだったボクシング王者、マイク・タイソン初めて敗れた場所としても大変印象に残っていた。そして、私を格闘技の世界に引き込むことになった伝説の1戦、「日米レスリングサミット」でのメインイベント、ハルク・ホーガン対スタン・ハンセンが行われたのも東京ドームだった。高校生になると、正月にはプロレス、年末にはK-1グランプリを。大学生になると、PRIDEや野球をビール片手に観戦した。私にとってとても思い出深い、思い入れの多い場所なのだ。
そんな東京ドームのグラウンドに、自分自身が立てる日が来るなんて思わなかった。そして、「むさしエンタメ体操」のプログラムを披露させていただけるなんて思わなかった。あのグラウンドに立つことは、私にとって夢のうちのひとつだったのだ。もし(株)ベネッセコーポレーション「こどもちゃれんじ」の運動のお兄さんを担当させていただいていなければ、そして独自で「幼児体育」に携わっていなければ、東京ドームに立つことはできていなかった。人生というもの、いつどうなるか分からないものである。
あまりにも大きすぎる会場、あまりにも大きすぎる存在、あまりにも多すぎるお客様。私は圧倒された。「運動会」のイベントだったため、準備体操の意味も含めておもいっきり身体を動かしていただいた。親子での参加が多かったため、「親子体操」を活用しての進行になった。終わるまではあっという間だった。パフォーマンス後は、実演に対しての反省である。「笑い」は取れただろうか?体操を「楽しい」と感じてもらえただろうか?恥ずかしながら、実はパフォーマンス中の記憶はほとんどない。なぜプログラムが成立していたのかというと、今までに頭の中と身体にすりこんできた動きや言葉が自然と出てきたからであった。このときに感じたのは、どんなことでも日々の繰り返しがとても大切だということだ。もし、東京ドームでプログラムが頭の中から飛んでしまったら…。もし、パニックに陥ってしまったら…。「幼児体育」関係の仕事のみではなく、本業である「エンターテイナー」としての仕事も将来もなくなってしまっただろう。
「台詞を忘れてしまっても、話の流れを理解していれば修正がきく。」これは舞台出演から学んだことである。人前で何かをやるときは、その出し物を完璧に理解していなければならない。形こそ違っていても、人前に立つ仕事は根本的な部分ですべて一致するのだ。
新たなものも頭の中にすりこみ、またあのグラウンドで暴れ回りたいものである。